2015年9月30日水曜日

手伝い

 母「明日、脱穀だけど手伝ってもらえる?」これは「暇ぶっこいてんなら手伝えよ」に意訳される。体力的に厳しいとか気分が悪いとかそういう言い訳は聞かない。仕事の小遣い賃(給与はもらっていない)がこの母の胸先三寸で決まることを考えると、有無を言わさず強制させられることと同義だ。表面上ぼくの意向を汲みとっているかのように受け取れそうな言葉を選ぶ辺りねちっこいいやらしさが漂う。
 そんなこんなで脱穀の手伝いしてきた。腕が鉛のように重い。腰と背中をやらなかったのは不幸中の幸いか。しかし腕が重いとキータイプが非常につらい。ナロンエースが筋肉痛にも効いたはずだから飲んでおこう。上半身がギシリ、ギシリ、と軋む。
 これに限ったことではなく母の「✕✕してもらえる?」は基本的に「✕✕しなさい」と同義。生殺与奪権を握っているとああまで傲慢になれるのだな。

 つかれた。