2015年10月9日金曜日

「サーバーから

 オプションを読み込めませんでした」と今回はちゃんとエラー内容を吐いたけどだからどうなんだっていうBloggerの不安定問題。サーバー側の問題なの?まあいいや。
 原稿進んでいません。原稿っていうかプレプレプレプロットくらいのところにも達してない。頭が鈍く痛む。リハビリなんて言いながら不平不満と愚痴ばかりだな。どうにもダメだ。でもだらだらでもいいから、続けてある程度の長い文章を綴るという練習にはなっていると思いたい。いや、だらだらとすら書けていないな。乾いた雑巾を無理矢理絞っているような感じだ。目の奥の方にずしりと重いものを感じる。眼の奥、頭の中、だけでなく心のなかにも重石を抱えているかのようだ。こんなネガティブな言葉ばかり綴られていては読む方もげんなりして去ってゆくよな。といってやめるわけにもいかず、どうにか改める方向に舵を切ろうと心がけるくらいしか出来ない。厭な文章でお目汚しご勘弁ください。

2015年10月8日木曜日

やはりよろしくない

 今日は通院日で担当医にアッパーの頓服の件を相談したのだけど、そういうシロモノはないそうだ。代わりに抗鬱剤を処方されることになった。たしかに頓服はほんのりと効くような気がする程度の抗不安剤しかないからなあ。処方は薬の在庫が切れる次回通院日からとなった。どうなることやら。
 処方の具合がこんな調子だからかわからんが、頭の中のフラグメントも全然反応してくれない。ただ呆けて時間をつぶすばかりでなんの生産性もない。焦りばかりが生まれる。焦ったところで何ができるというわけでもないのに。できることといえば身体を休ませることくらいなのだけれど、睡眠障害でまともな睡眠はあまり期待できないし。ほんとうにポンコツだな、ぼくの身体は。ポンコツついでに一口くちをつけただけのミネストローネが胃に重い。ダメなことだけは次から次へと出てくる。
 ダメなことといえばBloggerの投稿入力画面にいっぱつで遷移できない症状がずっと続いている。リロードすれば移れるんだけどクッキーとかの問題なんだろうか。もう4年ほどひとこと日記をつけてるfc2だと画面移動が重たいことはあるけれどリロードが必要なことは今のところないなあ。これもひどいようだったら対策を検索してみよう。今はそこまで必死になる気力もわかない。

2015年10月7日水曜日

よろしくない

 大きな鬱期が去って、群雛への投稿レギュレーションもクリア(当ブログで推定累計3万字突破)して、あとは原稿を書き進めるだけだというのに、頭の中が空っぽだ。昨日書いた軽い方向へのスリップ状態が続いている。なにもできず呆けている、というのがわかりやすい表現か。好きでボケてるわけではないのは勿論のことだが。なんというか、心のなかを空白で塗りつぶされているような感覚とでもいうか、うーん、なんともこういう感覚疾患の表現は伝えるのが難しい。こういうときには沈んだ気持ちをなだめるダウナーの頓服でなく、沈んだ気分を持ち上げるアッパーの頓服が欲しくなる。明日は通院日なので担当医に相談してみよう。というか、あるのかな……、アッパーの頓服なんて。
 原稿の話。掌編の素になる可能性のある言葉の断片集はあるにはあるのだけれど、断片化しすぎてしまっていることと、先の脳の軽い方向へのスリップでフラグメント同士のつながりが全く生じない。文章の始まりはぼくの中では言の葉どうしがぶつかり合った時に生まれてくるという感覚なので(こんな駄文ブログの文章でもそうである)、そこの反応をどうにか起こす起爆剤みたいなものが必要なのかもしれない。しかし外部からの反応を欲求として欲しない精神状態なので、やはりここはアッパーの頓服に縋るしかないのか。クスリだのみというのは非常に厭なのだけれど。

2015年10月6日火曜日

あいこん

 原稿頑張ると言っていた昨日の今日であたまが軽い方へスリップして何も考えられない状態に。重い方へのスリップは深刻さが出て気を遣ってもらえたりするけれど、軽い方へのスリップは軽薄にとられてしまい、問題が解決しないという現実は一緒であるのに侮蔑の目にさらされる不公平さ。そういうやじろべえみたいな右へ左へを繰り返す疾病なんだと言っても理解しないひとは理解しないので捨て置くしか無い。身内にいるけど。
 たもれそんな状態だったので午前中はドヤ顔猫アイコンを手描きのアイコンに差し替えて気分転換。アイコンひとつ描くのだけで精一杯だった。午後は頭を抱えて寝込んでいた。溜めた映画でも観れば、っていうのは禁句。それができれば本だって読めているし、積ん読タワーなんてなにもないことになる。溜めアニメもまっさらに消化してしまっているだろう。「ハイだろうがローだろうが何も出来ない状態」っていうことがどういうことか、理解するには身を持って知るしかないのだろうな。苦しいぞ。頭の中の誰かに殺されそうになる。
 まあ言い訳めいたことを喚き散らしたところで生産性のかけらもないので、次の通院日にダウナーでなくてアッパーの頓服がほしいと伝えることにしよう。出してもらえるかな……。

2015年10月5日月曜日

GunSu

 このブログで、書けない、書けない、読めない、書けない、と繰り返していたのはセルフパブリッシュ用原稿のこと。将来的に一冊の本としての体をなすだけのバックボーンづくりに、ああでもないこうでもないとない知恵を絞り頭をかきむしっていた。いる。今っもまさにその只中だ。しかしそんな中、さらに並行してインディーズマガジンの群雛に投稿するための原稿も書き始めようと思う。手を広げすぎれば失敗するのかといえば、それはたぶんちょっと違うんじゃないかと考えている。一つのことに集中するのもスタイルとして大事なことかも知れなけれど、詰まった時に逃げ場がない。幸い、締め切りのないインディーズ作家(群雛には締め切りがちゃんとあるけれど)、手が動かなくなったら別のことに手を出して切っ先を切り替えるのも手なのではないかと思っている。手元にはFreeMindに落とすまでもなかった言葉の切れ端がプレーンテキストとして幾許か生き残っている。これを利用して掌編枠……、できれば標準枠で参加したい。ともあれ投稿するには元の原稿だ。少しマインドマップの方の手綱を緩めて、ここからさきしばらく、群雛用原稿を第一に持ってこようと思う。鬱は相変わらず心に重い影を落として、あまりうまく身動きが取れなけれども、がんばる。うん、がんばる。

2015年10月4日日曜日

違和感

 「ナニカチガウ」「コウイウノジャナイ」「ベツナコタエガアル」書いては消し、書いては消し、書いては消し……。みんなどこで折り合いをつけているのだろう。ただの書き出しの一文でさえまともに書けやしない。駈け出してもいないひよっこですらないやつに完璧さなんて求められていないのはわかっているけれど、それでもより良いものを目指すのは悪いことなのだろうか? 完成させることが経験値、と散々言われ続けているけれど、散々目にしているけれど、もう一本、もう一本の迷い線を引くことをやめられずにいる。たぶん、ぼくに足りないのは「こんな文章が書けるなんておれってSUGEEEEEE!!!!」のハイテンションではなかろうか。言い換えれば、「自分に酔うこと」 そういえば誰かが言ってたっけ。「素面で詩なんか書けるかよ!」 基本の状態が自分のことが嫌いな鬱なぼくにほんとうに物書きができるのだろうか。ハナから自信なんてものとは縁遠かったけれど、最近になって、物書きのHow Toを読むようになって、ますます自信とは距離が広がっていくように感じてしまう。大きな鬱期は抜けたと少し前に書いたけれど、やはり基本メンタルが鬱傾向なんだよな。こんなぼくで本当に大丈夫なのだろうか。

2015年10月3日土曜日

号泣 五十三次

 心のなかで号泣しながら吹き飛んだ累計2万字あまりのプロットの復旧作業に追われている。にーにーとさんさんひゅーまん。記憶しきれないから書き留めておくわけで、その書き留めが吹き飛んだらそりゃ暴力フォーエヴァーてもんだ。アプリケーションとして最低の要素を満たしていない。メモ帳にメモが消えるバグがあったらそれはメモ帳とは呼べないだろう。心が粉々に砕け散りそうなのをなんとか「まあ駄作だったし!」の自虐の呪文でつなぎとめているという現状。でも正直なところ本当に泣きたい。書いては消しの激遅筆だからこそ、ここまで書き溜めるのにどれだけ掛かったか。
 まあこぼれたミルクを嘆いてもしかたがないので、またはじめからぽちぽちとひとつひとつ打ち込んでいくしかない。嗚呼。